私が若い頃には想像することのなかった、スピリチュアルの世界が当たり前のように話題に上り、またその本やワークもたくさん紹介されています。

こんなにスピリチュアル満載の時代になろうとは、一体誰が想像したでしょう。少なくとも、スピリチュアルのスの字も関係なかった私にとっては、本当に驚きとしか言いようがありません。

私達は、年代によって育てられ方や教育が違いますが、日本人はどうしても集団としてどうか、という見方が根強いです。集団生活になじみ、何の抵抗もなく皆と同じ事が出来る人は良いですが、馴染めない、抵抗がある方にとっては苦痛以外の何ものでもないでしょう。

皆と同じであることを良しとしていた時代、考え方から、同じでなくて良いと誰もが言える時代へ変化してきました。それでも、まだまだです。日本人の意識はそんなに簡単に変えられるものではないのです。

時代が変わっていく中でも、多くの人が悩み、迷い、時には生きる意欲さえ失うときがあります。

上部だけの励ましなど何になるでしょう。「大丈夫だよ」と、励ますつもりで言った言葉が実はその人を傷つけていたと、考えた事はあるでしょうか。

一人一人の悩みに向き合うとは、容易な事ではありません。ただ黙って話を聞くことしかできない時もあります。一緒に涙を流す事しかできない事もあります。それでも、どんな時でも生きていようと思える「何か」があれば、ほんの少しの灯を見ることができれば、今は立ち止まって動けなくてもいつかは少しずつ進む事が出来るのではないか、大きなことはできないけれど、あゆみの一歩にほんの少し触れる程度のお手伝いでもしたいと思い、ここまできました。


肩書ではセラピストなど偉そうですが、私自身迷ったり立ち止まってばかりの半人前です。年齢だけは時間と共に重ねていきますが、年齢分の厚みを持った人間になりたいと切に願っている、ひとりのおばちゃんです。


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何に向かって歩くのか、どこを目指しているのか。今抱えている問題をどこまで軽くするとか、決めるのは人それぞれ。上りの階段は急でも緩やかでも、途中休憩有でもなしでも何でも良い。いきなり頂上を目指す人がいても、5合目まででいいや~と思っても、ちょっとそこまで行ってみたいなでも何でもあり。常にポジティブに進むなんてそんなの無理。進めない事もある。もう休ませてって叫びたい時もある。進め進めと前進ばかりを望まれても、休みたい時は休んで、振り向きたくなったら後ろを振り向けばいい。そして、休んで気が向いたらちょっと歩いてみよう。

何でも自分で決めて進むのは理想かもしれないけれど、一人でやろうとしなくて良い。誰かの手を借りながら歩いてみる、いつか一人で歩けるようになるかもしれない、そう自転車の練習みたいにね。

1人で頑張る、ポジティブになる、前進する、そんな言葉に敏感になりすぎないように。どんな進み方でも、必ず見守る人はいる。

そんな風に、私は見守る人になりたい。



Happy Dropsを訪れる皆さんに幸せの雫が降り注ぎますように。